2020-01-01から1年間の記事一覧
「私の肉を食べ血を飲む者は永遠の命を得る」 祭日の由来 初めに、今日の祭日の由来を、振り返ってみましょう。 聖霊降臨によってエルサレムにおいて誕生した教会は、ローマ帝国による迫害にもめげず着実に成長しました。そして、ついにローマ皇帝コンスタン…
「父と子と聖霊である唯一の神を賛美する」 三位一体(さんみいったい)の唯一の神を信じる 教会は、初期の時代から、今日に至るまで一貫して、「三位一体である唯一の神」に対する揺るぎない信仰告白を実践しております。 たとえば、入信の秘跡である洗礼式に…
「神の偉大な業(わざ)を語る」 聖霊が語らせるままに話し出した 今日の第一朗読は、使徒言行録の2章からの抜粋でありますが、その編集者である福音記者ルカは、エルサレムにおける教会の誕生の出来事を、いともドラマチックに、次のように伝えてくれます。 …
「地の果てに至るまでわたしの証人となる」 聖霊が降(くだ)ると力を受ける 早速、今日の第一朗読ですが、福音記者ルカが、その福音書の続編つまり第二巻として編集した使徒言行録の冒頭の箇所の抜粋であります。 ですから、復活させられたイエスが、弟子たち…
「あなたがたを、孤児(みなしご)にはしておかない」 愛しているなら掟を守る 今日の福音は、先週に引き続き、ヨハネ福音書の14章の告別説教の第一部の続きの箇所、15節から21節までの抜粋であります。 そこで、すでに、先週確認したように、福音記者ヨハネは…
「わたしは道・真理・いのちである」 王的祭司である神の民 まず、初めに、今日の第二朗読を、少し丁寧に振り返ってみましょう。 この朗読箇所は、使徒ペトロの手紙一2章4節から9節までの抜粋であります。この手紙は、当時のオリエント世界において軍事・経…
「わたしが来たのは羊が命を受けるためしかも豊かに」 「羊の囲い」のたとえ 早速、今日の福音を、少し丁寧に振り返ってみましょう。 まず、福音記者ヨハネは、10章の1節から6節において、パレスティナ地方の羊飼いたちの牧畜生活を背景に「羊の囲い」のたと…
「二人の目が開けイエスだと分かった」 目が遮られていて 早速、今日の福音ですが、福音記者ルカだけが伝えている、エマオに向かって逃亡中のクレオパともう一人の弟子に、復活のイエスが、現れてくださったことを感動的に語っております。 それでは、少し丁…
「見ないのに信じる人は幸い」 皆一つになって 早速、今日の第一朗読ですが、福音記者ルカが、その福音書の続編とし編集した使徒言行録の2章42節から47節までの抜粋であります。 ですから、ルカはその冒頭で、まず、その福音書の由来を次のように報告してお…
「見て、信じた」 愛するもう一人の弟子の復活信仰 早速、今日の福音ですが、ヨハネによる福音書の20章1節から9節までの抜粋であります。 しかも、福音記者ヨハネは、イエスの復活を最初に信じたのは、「イエスの愛しておられたもう一人の弟子」(ヨハネ20.2…
「模範を示したのである」 神学・歴史的背景 今日のヨハネによる福音が編集された神学的意図と時代背景について、少し振り返ってみましょう。 まず、最初に他の共観福音書と比べてみますと、ミサの制定については、ヨハネ福音記者は全く語っていないのであり…
「マタイによる主イエス・キリストの受難」 ただ今、朗読されましたマタイによる受難劇は、いきなり、総督ピラトのイエスに対する尋問の場面から始まっておりますが、既にユダヤの最高法院でイエスは取り調べを受け「そこで、大祭司は服を裂きながら言った。…
「わたしは復活であり、いのちである」 霊を吹き込むと、お前たちは生きる 早速、今日の第一朗読ですが、エゼキエル預言書の37章からの抜粋であります。この預言者は、捕囚民の一人として戦勝国バビロンの近郊ケベル川のほとりで、なんと預言者の召命を受け…
「神の業が現れるために」 序幕 今日の福音も、先週と同じヨハネ福音書の9章からの抜粋でありますが、また、文脈を、便宜上、「盲人の目を癒すというしるしの展開」という主題に設定し、四幕のドラマにして見ましょう。 早速、序幕は、9章1節から5節までとな…
「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない」 舞台設定(4.1-6) ちなみに、皆さんのお手元にある「聖書と典礼」には、いつものように朗読のために段落で区切られた本分からの抜粋を繋ぎ合わせた朗読箇所に他なりあません。 特に、今日の福音は、福音記者…
「信仰の旅立ち」 主のことばに従って旅立った。 いよいよ四旬節の第二週目を迎え、わたしたちの回心の歩みを、更に充実させて行くために、ことばの典礼で朗読された聖書の箇所を、少し丁寧に振り返って見ましょう。早速、第一朗読ですが、創世記12章で語ら…
「誘惑に打ち勝つには」 神のことばへの不従順こそ罪の根源 先週の司教座聖堂での灰の水曜日のミサには、予想以上に大勢参加し、洗礼志願者と共に、四旬節の豊かな恵みに共同体ぐるみで与ることが出来るよう、決意を新にしました。 それでは、まず、今日の「…
ふさわしくこたえる 呼びかける神 「婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった」 王が素晴らしい婚宴を催して招くように、神は絶えず豊かな救いの恵みに与るために呼んでおられるのではないか。それに答えず無視したりいろいろな口実を考え、…
ふさわしい実を結ぶ イエスを殺した民 「ぶどう園と農夫」のたとえにより、預言者たちの言葉を受け入れないだけでなく、最終的には神の愛するひとり子までも殺してしまうイスラエルの罪が暴かれる。主人が送ったしもべたちを袋叩きにしたり、殺したりしたと…
柔軟に考え直す心 み旨の実現を願う 「今日。ぶどう園へ行って働きなさい」 父なる神は、毎日一人ひとりに、その日に何をすべきか、呼びかけておられるはずだ。 しかし実際には神の御声を聞かずに、自分の思いや考えで決定し、行動してはいないか。自分が働…
神のぶどう園で働く 私たちはこの世に生を受けた限り、神からそれぞれ使命を例外なくいただいているのではないか。 「あなたたちもぶどう園へ行きなさい」と父なる神は一人ひとりを招いておられるはずだ。だから自分の考えや願望や計画ではなく、あくまでも…
兄弟を心からゆるす 無条件・無制限に 信仰によって結ばれ、兄弟となった相手を、全面的にゆるすように主が命じられる。相手が悔い改めるならとか何回までならなどと、条件や制限をいっさいつけてはいけないのだ。 「七回どころか七の七十倍までもゆるしなさ…
主に育てられる共同体 兄弟的交わり 「あなた方の師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ」(マタイ23:8) 主によって私たちは皆兄弟になった。信仰共同体はキリストを中心とした家族なのだ。 「私の兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」(ルカ…
自分を捨て、主に従う 主の十字架の道 主は受難、十字架上の死と復活が御父によって決定されているご自分の歩まれる道であることを弟子たちに予告なさる。当時のユダヤ人そして弟子たちにとっても、全く受け入れがたい救い主の姿である。自分たちをローマ帝…
信仰・共同体が育てられる イエスはだれなのか 私にとってイエスとはどのようなお方なのか。日々の生活において、自分の生き方や人生体験の中で、はたしてイエスに実際にお会いしているだろうか。主ご自身があらためて問われる。「あなた方は私を何者だと言…
ご計画の変更を願う熱意 あわれんでください じぶんがどれほど神の助けを必要としている哀れな者であるか、この自覚こそが大切である。カナンの女がイエスと会えたのは苦しみの最中だった。ことが順調に運んでいる時や自分の力で物事を解決できると思い込ん…
苦難のあらしを乗り切る 苦悩の中の主 「逆風のために波に悩まされていた」弟子たちのところに、主が来てくださった。 マタイの共同体が迫害の嵐に見舞われていたので、どうしても主の助けが必要だった。 私たちも苦悩の最中に主にお会いできるのだろうか。…
裂かれるパン・イエス 深くあわれむ 「大勢の群衆を見て深くあわれみ、その中の病人を癒やされた」 イエスを行動に駆り立てるのはあわれみである。それは内蔵で感じるような強烈な思いなので、かならず結果を生み出す。この神のあわれみの実現こそが、神の国…
天の国を見つける 隠されている支配 「なによりまず神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6:33) 私たちの人生は神の愛といつくしみの支配の完成のために生きるよう、一回限り与えられている。全面的に父なる神に信頼して日々み旨と神の義が実現されるため…
天国の完成を待ち望む 神のあわれみと忍耐 「刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」 今は裁きの時ではなくまさにあわれみの時である。だから神は悪を即座に滅ぼすことはなさらない。神がなさる業のテンポは私たちの時間感覚では悟り得ない。 「…